稽古回顧録1999~2003


Webページがまだ黎明期の頃に作成したホームページの記録が残っていたのを断捨離中に発見。じっくり読んで懐かしく、既に「そんなことあったっけ?」と思うような事もありました。三線を習い始めてからの備忘録ということで再掲載することにしました。


「お経みたい」語録1999年1月

前師のお稽古場で「古典音楽」の練習を始める。歌詞の意味も解らず、曲の流れが、なんだか「お経みたい」。とにかく師匠の身振り手振りを見ながら弾くので、あたふたする。そのうち、単調なメロディの心地よさに居眠りすることもしばしば。

※市民講座で初めて三線を習って本格的に習っていたのだが、元々不真面目で稽古に向き合う姿勢が中途半端なので結局、退会することになる。

 

「えらい遠回りやね」 師匠語録2000年7月

退会後、習う姿勢がいい加減だったにも関わらず次の三線教室を探すことに。偶然見つけた三線販売店の店主が通っている三線教室の紹介ページを読み、店主に問合せて紹介してもらうことに。
初めて師匠へ尋ねた時に、「かぎやで風」を区切りの良いところまで弾きなさいと言われ、人前で歌ったことが無かったので緊張・汗が滝のように流れる。当然のことながら、三線の持ち方・姿勢・譜面の見方などなどを指摘される。

師「じぇんじぇん、身についてないなぁ~」これまでの2年の結果が露見。ノンキに通っていた2年間、反省しきりです。

入門後、1ヶ月かけて「かぎやで風」の手直し。譜面の見方や歌い方も自己流だったので、一からやり直し。もー大変でした。
「難儀な先生のところへ来てしもたぁ~」

 

「あぐらとは けしからん!」師匠語録 2000年8月

姿勢が汚いと唄三線が上手くても汚く見えるので、姿勢を正して唄いなさいと毎回怒られてます。正座が大の苦手で、前師の時は正座補助椅子なるお助けグッズを利用していたが、今は怖くて使えませーん。 まずは正座との戦いです。
※それでも正座用の携帯座椅子は買いました。

「美しい顔が台無し」師匠語録 2000年9月

師匠はよそ見しながら、キッチリ観察してます。気を抜くと「コレッ!」と叱られる。唄の強弱で難しいとついつい、眉間が故:天地茂氏のようなニヒル系。
師「女の子が眉間にシワ寄せて演奏するもんじゃない!」とお叱り。

 

「新人賞は1年やったら取れる」師匠語録 2000年10月

琉球新報社が毎年開催している音楽コンクールに、お稽古先のお弟子さん達がチャレンジし、新人賞ならびに上位の賞を獲得しているとのこと。昨年は、かなり良い成績を残してるので、プレッシャーものです。
師「来年、頑張って取りなさいよ~っ」
私「はい~っ!」(調子こいてます)

 

「三線の悲劇!」語録 2000年10月

電車とバスでチンタラ、お稽古場に通うのもしんどいので、何を思ったのか「チャリンコ」で行ってみようと思い立ったら吉日じゃないけど考えが甘かった。
なんとか遅刻せずに到着したもののケースを開けて「ビックリ」。三線がケースの中で木端微塵に分解していた。

「しぇんしぇ~っ、わらひのしゃんしんがぁ・・」悲壮な顔つきの私。
「無茶せんと、電車でおいで」と言い、三線をチャッチャと修理したのは言うまでも無い…。

 

「の」じゃなくて「ぬ」師匠語録 2000年12月

とにかく、方言や発音を理解するのは難しい。
至難の技です。
生まれ育った土地と違うわけで、苦労続きです。
理解できないと師匠に「読めましぇ~ん」と泣きつくのであった。古典の場合は難しいですね。歌詞でも、こんな意味なのぉ…とビックリするのも日常です。

 

「踊り方がおかしい」語録 2000年12月

お稽古場の忘年会は、弟子が全員集合。「こんなに沢山いるんだーっ」と驚き。美味しい沖縄料理に舌鼓、唄って踊っての楽しい時間を過しました。
自分が踊るカチャーシーがイマイチ…おかしい。

「師匠の身体よりデカイ表彰状!」語録 2001年1月

お稽古場の新年会に、三線持参で参加。当然、工工四持参。一曲弾くたびに、工工四をチェンジする間に次の曲に。早いところ覚えてしまいたいが頭の中は、只今満室御礼・…混乱状態。
全員で唄うと迫力満点。
また自分の欠点も解ってなかなか有意義です。舞踊も見られる(譜面見るので精一杯)ので、こりゃまた楽しい。
昨年度の受賞者の表彰もあり、「頑張らねば」と気合の入った一日でした。

 

「黒○と赤○」語録 2001年2月

2月から、課題曲「伊野波節」のお稽古開始。三線を美しく弾くっていう壁に爆裂。バチさばきの難しさに、パニック。赤が上で黒が下…弾いてるうちに、わけワカメ。
私「あ~んもぉ~っ」
師「しっかり練習しといで!」喝!

 

「ウソを唄ったらアカン!」師匠語録 2001年3月

課題曲のお手本カセットに添って自習してるけど、お稽古場でやってみると。
「ちゃんと練習してんの?じぇんじぇん譜面と違うこと唄ってるよ」
「違うっ!」
「はぁ~。わからんかにゃぁ~。譜面が読めないとだめだよ~」
なんだかガンツ先生に「ロボコン0点!」って言われてるような気分。
足はビンビンに痺れてるし、帰りの足取りは重たかったぁ。

 

「ちゅらさん!」師匠語録 2001年4月

毎朝、出勤準備の時計代わりに見ているNHK朝の連ドラ。この日を待ってたのよ~ん。オープニングの画面に「はぁ~行きたいぜっ!沖縄」と思う今日この頃です。師匠に「ドラマ見てますか?」と尋ねると「あ~あれね」。
「方言対策や地域性を演技させる難しさ」暖かく見守ってあげましょうよ・・ね。

 

「練習するしかないのよ~」先輩語録 2001年4月

演奏会に向けての合同練習会が既に数回開催されていて初めて参加する。初回から参加している方々には申し訳無いのだが、これも仕事で休み取れないのよ~。
沢山の人達と演奏すると結構、気持ち良いもんです。おまけに自分の間違いもよく解る。上達すると、ヒトの三線の音色が羨ましく思うとさ。
先輩に上達の極意を伺うが…。
「とにかく練習よね」ってさ。努力と根性ですかい!こんなときゴーヤーマン!のぉ~(他力本願は良くない反省!)

 

「お稽古ごとは、はぁ~大変」語録 2001年5月

5月病突入とともに仕事を休んで合同練習会に参加。課題曲の解らないところを先輩方にご指導いただいたり、久しぶりに会うお弟子さん達と話しをしたり、舞踊を見たり。仕事しているより楽しいです…ウヒヒ。
コンクール参加が決定すると沖縄までの自分の旅費と同行する師匠の旅費、お礼などの負担。
「とにかくお稽古事はお金がかかるでござる」
そんなことより演奏会の着物の着付どないしょ~。
母(着付師)に同行してもらおうかと思ったら、『ごめ~ん、社交ダンスの発表会があるから、だめ~っ』ってさ。
可愛い娘の晴れ舞台は、どーでもいいんかい…ケッ!トホホ

 

「これで私も国宝よ~っ!」語録 2001年5月

野村流音楽協会関西支部創立70周年記念演奏会に参加。出番待ちの間は、ソデで鑑賞していました。沖縄から舞踊家さん達も参加していて、「これぞ、本場の琉球舞踊!」に酔いしれる。「舞踊もエエなぁ」と思うひとときでした。

人間国宝の島袋先生と直々に懇親会でお話していただいた。感激のあまり握手した手を離さない先輩もいて、「ホンマすんごいヒトなんだ~はぇ~」。若輩モノの私にも握手していただき、「これで私も国宝を約束されたわ~」なんてね。

2次会では、大正区南恩加島の「うるま御殿」で、呑み助さん大集合。自分を見失うヒトもいたし、楽しいショータイム、有意義な時間を過ごせました。あー面白かったぁ、舞台を通じて自分の居場所を発見したんだって実感しました。

 

「ブーっ!」師匠語録 2001年6月

今月から本格的に課題曲のお勉強に取りかかると言っても曲を覚えなきゃね。舞台で課題曲を披露する訳ですが、舞台度胸があるかどうか。採点は減点法らしい。とっておきの「ピンチ・ウラ技」も伝授してもらった。
それでも「間違ったら、ブーってブザーが鳴るからね」って。
観客はいるわ、審査員の先生方もいるし、モニターもあるって。今から心臓が口から出そうな勢いです。

 

「もうすぐだぁ!」語録 2001年7月

体脂肪を減らす為、日々せっせとジム通い。三線とスポーツジム通い、どっちに熱心になってるか、よーくわかんない時がある。
日程が決まったこともあり宿泊先や航空券の手配等、細々とした用事で忙しい。そーするうちに新報社から受験票と入場券などなど書類が届く。
あー、もうすぐなのねぇ~。
今から足が口から出そうな勢いです。(先月は心臓だった…)

 

「なぬぅ~!」先輩語録 2001年7月

コンクールもまじかに迫り、会館を借りての本番模擬稽古。一緒に参加する人に「沖縄に着いたら首里城でも見るとするかぁ」と私。
「なぬぅ~」との声とともに先輩の驚いた顔。
「遊んでる暇なんかないでー」。

師匠は、薬持参だとか…それぐらい緊張感のあるものだとか…。
あー、もうすぐなのねぇ~。
口からもう何も出ません…。(この前は足だった…)

 

 

「おめでとう!」師匠語録2001年8月

コンクール出場日の2日前に那覇入りする。とうとうこの日がきたのね~って感じです。他の出場者の演奏も参考にしようと、時間のある限り会場に行き見学する。
詳細は別記しますが、とにかく、1年間のトホホな努力の結果、新人賞を受賞できました。師匠からも、幾久しく口にしなかったお褒めの言葉をいただき喜んでました。口からだしたモノを戻さなきゃ…。にゃはは…。

 

「上等や思ったら間違い!」師匠語録2001年9月

コンクールが終わって、久々のお稽古。もう、新年の課題曲が言い渡される。どひゃ~。今月は喜界島まで行ってたし稽古休んでるから、喜界島特産土産をもって、ご機嫌伺い。
「あのなぁ、新人賞取ったからって上等になったと思ったら大間違いやで」。
「しぇんしぇ~…うぅぅぅ…(涙)」
「何?」
「いやいや…頑張りますぅ~」職探しに忙しくて、練習してましぇん。
「演奏会に出ろ!」って言われてたけど、諸先輩方、参加できなくて すいましぇーん。(反省)

 

「撃沈」語録 2001年10月

10月からお仕事再開したことで、4ヶ月の専業主婦生活の習慣が抜けきれず、大変。ただ、仕事が激務で十分に練習する時間が無く言い訳持参でお稽古場へ。
「も~ぅ、全然、できてないやん」
「しぇんしぇ~…うぅぅぅ…(涙)。母がぁ~入院してしまってぇ(コレは事実)」
「そう…大変やねぇ~。そやけど練習する時間ぐらいは、あるやろ!」

言い訳光線は、仙人によって撃沈される。

本音は練習したいけど時間が無いのよぉ~。来月から、余裕を持った仕事をするようにし~よおっと。

 

「撃沈その2」語録 2001年11月

激務で体調悪化11月から再々専業主婦生活突入。ヒマしてる時間があると思うでしょ?いえいえ…ホームヘルパー2級講座を受講中で、とりあえず将来のこと考えてるわけです。
「練習してるか?こんなん覚えられんと…忘年会までに何とかしなさいよ!」
言い訳光線するも仙人によって撃沈される。
気の重い「伊野波節」を新年会で演奏することになった。はぁ~ため息。

 

「個別表彰式」語録 2002年1月

楽しみにしていた新年会も独唱も、私事の理由で突然の不参加。今年最初のお稽古終盤で、師匠が「表彰式するで~」と急に立ちあがり、「ひょーしょーじょー」と読み上げる。
B3サイズの表彰状の大きさに呆然。大きな袋持参で持って帰りました。

 

「自己主張する三線」語録 2002年2月

お約束の新人賞を貰ったこともあり、次のお約束「NEW三線」購入の番になった。値段もピンからキリまで。師匠製作のピンは10万円~とか。 値段の差が何に対して違うのかさっぱり解らない私は思いつきで「好きな数字」にしようと決めた。ちなみに私の好きな数字は奇数。一番好きなのは「5」。
早速、2丁見せてもらいましたが決心がつかず、一丁づつ師匠に弾いてもらった。「自己主張する音」と「物腰やさしい音」を奏でる三線。どっちに~…つづく。

 

「じかたはいつやる?」師匠語録 2002年3月

今年は何もイベントものが無いと安心していたら、「5月に厚生年金会館な」って。毎度のことながら、突然のイベント告知。合同練習も楽しかったし、今から待ち遠しい。それはそうと、「いつになったら じかた できる?」と言われ続けてます。とほほ・・。

NEW三線を買いました。正直、お高かったです。棹の部分が細くて指の短い私にとっては、気に入ってます。音色は、ハッキリしてるような感じ。自分にピッタリかも…ふふふ。声量の大きい私には、響く三線の方が良いらしい。

 

「アタマ悪いんだからぁ」師匠語録 2002年4月

今年は、去年と違ってノンビリお稽古に通っていたら、毎回、カミナリ爆撃されてます。 作田節に取納奉行…。お手本を何度聞いても「発音」が解らず悩む。
師:「アタマ悪いんだからぁ~もぉ~」
沖縄本土復帰記念イベントの合同練習に行き久々に稽古場の人達と会って、しばし歓談。 話しを聞けば師匠は、誰彼無しに爆裂しているらしい…私だけじゃなかったぁ~ほっ。

「あー疲れたぁ」語録 2002年5月

沖縄本土返還30周年記念大芸能祭に参加しました。出演者が400名とこんなに沖縄芸能に携っている人が関西にいるとは驚き。開演4時間前には会館に到着して「楽屋は~?」と探しまわっても出演者が多すぎて「楽屋無し!」。
で…結局、舞台ウラの 大道具置場にブルーシートを敷詰めて、皆で「生着替え」で 狭い楽屋よりまだマシか。幕開け5曲演奏。演奏するまでに心底疲れました。

 

「いちまんえん!」語録 2002年6月

古典音楽の歌の意味は師匠に教えて頂くが「これ、何ですか?」って。毎度、毎度聞くのも何だから、師匠の琉歌集を拝読する。
「ええわ~これ欲しい」で「ちょーだい」とクレクレタコラになるわけにもいかず 「ネットで探します」。
で…探すこと約4時間。
「琉歌集、見つけたァ~!」
翌週のお稽古で、「せんしぇ~買いましたぁ」と報告。
師匠も同じ本を持っているが 私の本より上等でキレイ。私のは、買値は文句無しだけど、本自体はメチャ古い。
師:「それナンボで買った?」
私:「4,000円っす」
師:「え~安いね~ これ壱萬円」
私:「い・・いちまんえん?」(TVショッピングで白々しく驚くオバちゃん状態)

 

「まだ喜界島です!」語録 2002年7月

台風6・7・8号のおかげで、喜界島に取り残されるハメに。
帰阪日は、あいにく稽古日。
私:「もしもし、しぇんしぇ~っ」
師:「どーした?」
私:「今、喜界島で予定日に帰れませんでしたァ。」
7月、稽古には一度も行っておらず、8月は芸術コンクールとあって、師も新人・優秀 ・最高賞と全部引率するので、稽古の時間がない(とほほ)。という訳で7月・8月は休み。
師:「き~つけて帰っといで」
私:「はい~!」

 

「これええやろ」師匠語録 2003年2月

お稽古も終わってホッとしていると、師匠もお出かけのようで、バスの終点までご一緒することになった。
昼間のバスは空いていて、空いているのに何故か二人掛けの座席に並んで座る。
市バスの二人掛けは狭い。
こんなとこに 座らんでもエエのにと、
私:「先生、オレンジ色の席も空いてますよ・・へへ」(オレンジは優先座席)。
師:「…」
年寄り扱いするな!とでも言いそうな顔つきでございます。
師:「これ見てみ」とポケットから取り出したのは、高齢者優待乗車証
師:「ええやろ これ どこに行ってもタダ」 

 

「血管切れそう…」MY語録 2003年4月

干瀬節に子持節…高音のオンパレードに音域の狭い私にとってはアタマの血管が切れそうな勢いであります。
師:「お腹に息ためこまないと、息切れするよ」
わかっちゃいるけど、オッサン声の私には苦しすぎる~♪

優秀賞のお題
本調子 作田節 じゃんな節 首里節 暁節
二上り 子持節 散山節 干瀬節
上記曲目から参加年の年始に各2曲づつ抽選。その中から、コンクール直前に各1曲づつ抽選し課題曲が決定する。昔は、お題が多かったらしい。

 

 

「空白の待ち拍子」MY語録 2003年5月

散山節で一番難儀なのが、空白の待ち拍子連発、バチはどっちに持って行っていいやらミカンやらワケワカメ。バチを持つ指先が仕事待受けの暇人で何して良いかわからない情けな~い状態である。

なんとかせねば…。

 

「休まんでいい!」師匠語録2003年6月

月末には野村流の総会もあるっていうのに、鬼畜な会社で働いているおかげで 毎年、欠席。来月に喜界島へ行く時の休みも有給の支給が無いから欠勤。転職してやるぅぅぅ…。という事情もあり~ので
私:「7月喜界島へ5日休んじゃうので、お稽古やすんで…」
師:「ぬぁんだ休むのか!休まんでエエから、稽古においで!」

 

「芸道に天井無しどころか天井さえ見えませ~ん」MY語録 2003年9月

来年1月と6月にイベントがあるので、毎度の事ながら「幕開け3曲」
師:「幕開け3曲できるやろ。何と何と何?」
私:「恩納節、かぎやで風…あと何やったっけ…」
師:「も~忘れたのか」
私:「すんません(ToT)」
いつまでもこんな調子です。せっかく覚えても達磨落としの如く忘れていく~。

 

※2003年10月以後の日記が見当たらないので見つかり次第掲載したいと思います。

 

 

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